書院造りとは、世界遺産 日本に登録されている多くの社寺でも見ることのできる寝殿造りを武家社会になじむように実用的にアレンジした室町時代に始まる形式。
キッチリ部屋をわけるため。柱は角柱になり襖による引き戸が発達し、天井が付けられた。
もとは実用の美を追求したシンプルな空間だったが、桃山時代にすこぶる豪華絢爛に。
そして、座る人の身分までもが空間表現に直結、床の高さや調度が身分に合わせてヒエラルキカルに変化した。こんな空間を必要とするのは、もちろん権力者。武家風書院造りの代表作二条城は徳川家によるプロデュース。威圧感にやられたアナタ、それこそお上の思うツボ。
書院造りスタイル
書院造りのスタイルを定義する座敷飾り3点セットが、床の間&違い棚&付書院(=造り付けの文机)である。
その源流となるのが銀閣寺東求堂(とうぐうどう)の同仁斎(どうじんさい)。付書院と違い棚は現存する最古の例。シンプルな造形は後の書院とはまるで違う。
二条城の大広間・一の間や、200畳余りもある巨大スペースの西本願寺対面所では、床や棚の座敷飾りは本来の用途を離れて装飾的な存在に。
天井
書院の天井は格子状に区切られた格天井が一般的で、さらに使う人の身分などによって形式も使い分け。
二条城大広間・一の間は上段の間と呼ばれる将軍の座で、天井も最高ランクの二重折上格天井。
マス目一つひとつに絵を描きゴージャスに。
仁和寺宸殿は、大正時代に再建が完成した書院造りの御殿。
上段の間では小型の格子を組み合わせた小組折上格天井として、格の高さを表現。
飾る
権力者の威光を示してナンボの武家書院造りでは、壁や襖は金ピカの障壁画で飾られ、天井にも絵が描かれ、欄間には彫刻が施された。
二条城では狩野派が大活躍、チームプレイで障壁画を大量生産。
松と孔雀で威厳を見せる二条城大広間・二の間。二条城大広間四の間では鷹が諸大名を睨みをきかせる。
任和寺宸殿上段の間。螺鈿細工(らでんざいく)入りの床框(とこがまち)は、数寄屋風。